「たぬき」がその顔を見せたのは、1ヶ月の余も通いつめた後でした。その日は朝から姿を見せず、夕方になってようやく倉庫の縁の下からそぉっと顔を覗かせたのです。
「あぁら?!たぬき、おまえ狸じゃあないじゃない!」
そして、そぉと口を開いて「にゃぁ..」と消え入りそうな声で鳴きました。「たぬき」は魚のアラのほぐし身を少し食べるとヨレヨレと塒へと帰っていきました。
それから、だんだんと慣れて少しずつその姿をはっきりと見せるようになりました。すると、口元に大きな傷跡があることに気がつきました。
「ああ、そうだったのね...」きっと口元に大怪我をして餌を獲れなくなってしまっていたのでしょう。命からがら助けを求めてきていたんだわ..
そして、私達の目の前でも餌を食べるようになっていきました。
朝、玄関の前で、私たちがやってくるのを待っているようになっていきました。
そのうちに仕方なく倉庫の中に塒を用意してやりました。
「たぬき」と呼ぶと、声がうまく出せないのか小さく消え入りそうな声で「みゃぁ」と返事をしました。